マゼンタと云えば、プリンターのインク名で覚えている方が多いのではないでしょうか。CMYKの「M」の事です。印刷の場合のマゼンタは、赤いに近い赤紫色で、光の3原色のマゼンタはショッキングピンクに近い色です。
マゼンタは本来、人間の目には見えない色
マゼンタは本来、人間の目に見える筈の無い色です、可視光線の中に含まれていないんですね。
それなのに、なぜ見えているのかというと脳が補完してるからです。「多分、こんな色なんじゃないかな〜〜」と推測して、色を脳内で作っているんですね。ですから、各々が見ているのは「各自の脳が予測した色」なんです。
夜行性じゃない鳥類や爬虫類は紫外線を可視できるので、もしかするとマゼンタが見えているかも知れませんね。(※1)
そして、紫色は世界で初めて合成染料が生み出された色でもあります。
世界で初めての合成染料は紫色
黒の顔料はありますが、黒の染料はありません。(※1)日本では黒を染めるために藍染を濃く濃く出して最後に紫をかけるという手法があったりしますが、西洋ではそんな簡単にはいきませんでした。
合成染料が開発されるまで、貝の内蔵の分泌液(パープル腺)を取り出して染色する手法が用いられていたのですが、中世の頃には既に、貝が入手困難になっていました。乱獲が原因だったそうです。製法や原材料の問題で、とにかく貴重だった紫は貝紫・ティリアンパープル・ロイヤルパープルと呼ばれます。

日本では紫色を発色させるのに、ムラサキという植物(アジア原産)で染めていましたので、パープル腺よりは使いやすい、アントシアニン系の色素を使った草木染めが主流だったのではないかと思います。(もちろん貝紫もありました。吉野ケ里遺跡では貝で染めた絹が出土しています)
【色鮮やかな衣装は、特権階級だけに】合成染料がまだ存在しなかった時代、鮮やかな発色の布を纏えるのは貴族や王族だけの特権でした。かつて、マケドニアのアレキサンダー大王は貝紫の色を自分だけの色として独占し、暴君ネロは、特権階級以外での一般人が紫色の服を着用しただけで死刑にしたそうです。
マゼンタの合成染料が誕生
1856年(日本では篤姫が江戸城に嫁いだ年)
ドイツの化学者が、インディゴ(藍)から抽出して作ったアニリン染料を発明。
青系の染料で、スペイン語でインディゴをアニルと呼ぶため、アニルから出来た染料という意味でアニリン染料と名付けられました。
同じ年にイギリスの科学者が、アニリン染料の中に微量だけど、紫色の発色物があることを発見し、紫色に染まる染料を開発。「モーベイン」と呼ばれました。ただ、モーベインは赤紫と呼べる色では無く、青みが強い紫色だったそうです。
日本では、藍(発酵するまで染料として使えない)を水に溶かすために、バクテリアを活用していますが、ヨーロッパは腐らせた尿を使っていました。
1828年に合成尿素が開発されていますが、工業化されたのは1920年だそうです。
それまでの西洋の藍染工房は、臭そうですね・・・ちなみに藍は顔料としても使えます。
1859年マゼンタの合成染料は、このアニリンとコールタール留分を合成して作られました。
フクシアの花に似た赤色に発色する、世界初の合成染料の誕生です。日本で、日米修好通商条約に基づいて、横浜・長崎・函館が開港した年です。
1856年 ドイツの化学者が、インディゴ(藍)から抽出して作ったアニリン染料を発明。 |
1856年 イギリスの化学者ウィリアム・パーキンがアニリンを元にモーベインを開発。 |
1859年 ポーランドのナタンソンによってアニリン染料を用いて合成されたフクシンが発明。 |
1869年 イギリスの化学者ウィリアム・パーキンがアリザリン(茜の色素)を発見。ただしドイツが1日早く特許を取得していた為、発見者には成らず。 |
1880年 ドイツの科学者A・ボン・バイヤーがインディゴ(藍の色素)の合染料を開発 |

赤紫色(ワインレッド)は、皆の憧れ。
赤ワインはキリストの血の色とされ、神聖で特別なもの。
ですが、残念ながらヨーロッパでは乱獲により貝紫が手にはいらず、赤紫を諦め、深紅(ケルメス・クリムゾン染料で染めた赤)で代替される事が普通になっていました。ですからワインレッドは、皆の憧れ。
そんな時に発明されたこの合成染料は、当然のように大ヒットしたらしいです。
当時のヨーロッパでは、合成染料でワインレッドに染められた絨毯が、飛ぶように売れたのだとか。
ちなみに、ケルメスで染めた最高級のウールのことをスカーレットと呼び、赤もまた高貴な身分を表す色として普及していきました。
日本のムラサキも絶滅危惧種に指定されてしまっているそうで、現在、ほぼ自生してはいないのだそうです。江戸時代には、鮮やかな友禅・江戸小紋・紅型・有松絞・更紗・藍染などなど。すでに豊富な染の技術がありました。色の世界も染の世界も、奥が深すぎて沼にハマると抜け出せそうにありません。
ちなみに、世界初の合成顔料は、ウルトラマリンです。
《参考文献》
吉野ケ里遺跡では貝で染めた絹 https://www.yoshinogari.jp/ym/episode04/dress02.html
(※1)四原色の鳥類は三原色に加え紫外線を可視化できます。人間に見えない小動物の尿がキラキラ光って見えているため、追跡することが可能だそうです。
(※1)黒の化学染料は存在します。墨は顔料(カーボンブラック)に入ります。